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NHK「こころの時代〜宗教・人生〜」の文字起こしです

2022/11/13 「光にむかって」

2022/11/13 「光にむかって」

高浜寛:漫画家

『女性:きれい、、、
 男性背景が黒いから夜の女神ニュクスかな。
 女性:知ってる?ニュクスは夜を司る神様だけど、彼女は全ての戦いを終わらせる力を持つの。手にしている、この角灯(ランタン)で、暗い世界を照らそうとしているのね』
 
ナレーター(以下「ナ」という):闇の世界を角灯(ランタン)の光で照らす女神ニュクスのプローチ。漫画、「ニュクスの角灯(ランタン)」の舞台は、明治初期の長崎とパリ。ブローチを巡って、 過去の苦しみや、厳しい現実を背負った人達がそれぞれの光に向かって歩き始める物語です。 世代を超えて、多くの読者から支持され、数々の漫画賞を受賞している注目の作品です。
 作者は漫画家の高浜寛さん、この作品を描くまでには長く苦しい体験がありました。

高浜(以下「高」という):だんだん酒や薬が私を乗っ取ってしまったというか、 酒を飲んでるせいで、精神薬を乱用しているせいで、生活ができなくなっていって、そのためのストレスが大きくなった。

ナ:アルコールや精神薬の依存症に苦しむ中で、高浜さんを闇から救った大きな出会いがあります。それは一片の祈りの言葉でした。
『変えられない物を受け入れる心の落ち着きと変えられる物は変えていく勇気、そして
2つのものを見分ける賢さ』

高:わかりやすいのは変えられないものは他人で、変えられるものは自分だから、自分を変えることだけにフォーカスすればいいんですよね。 
 リアルを書こうと思ったんですよね、現実的なものによりしようと思ったんです。

ナ:闇の世界にある人の心に、角灯(ランタン)が明かりを灯します。
 高浜さんは故郷、熊本県天草市で暮らしています。家の近くに畑を借りて、野菜や果物を育てています。

『高:ここは、旦那がキウイの果樹円にする予定のところで、今からキウイ棚を作るんですけど、ここにもう気の早いやつがちょっとなってる。 本当はもう棚を作って棚にはわせてこう上からなるようにしたいんですけど、その前にもうなっちゃった。
 おいでおいで、私たちが哺乳して育てた未熟児だったんですけど、もうだいぶ大きくなりました』

ナ:家族は農業を営む夫と、野山に放し飼いにしているヤギ、犬と猫。
 家事が一段落した昼下がり、仕事に取りかかります。月刊誌の連載やイラスト、原稿執筆など依頼は後を絶ちません。
 動物と自然に囲まれた穏やかな生活です。
代表作となったのは初めての長編「ニュクスの角灯(ランタン)」です。2015年から4年間にわたって連載されました。

高:悪い時代の後には、必ず良い時代があるから、前を向いて歩いていこうってことを描こうと思って。
ナ:物語は太平洋戦争末期、空襲にさらされる熊本から始まります。 防空壕で身を潜める主人公の美世が、孫にいい時代だった頃の話を聞かせます。

『美世:ある時からばあちゃんの世界が変わったの、あの不思議なドアを開けた時からね』

ナ:美世がまだ少女だった明治11年長崎、両親を亡くし、叔母の家で育てられていた美世。 家事や仕事も満足にできず、自分に自信がありませんでした。ある日、迫来品を扱う道具屋に連れて行かれます。
 売り子募集と聞いて採用してもらおうと、美世の特技をアピールします。

『叔母:この子はね、触ったものの過去や未来の持ち主がわかるんですから。
道具屋の店員:この時計の未来の持ち主を見て。
美世:未来の持ち主は女性ですね。少し太った人、お金持ちかも
道具屋の店員:よし、採用だ、明日からおいで』

ナ:美世は道具屋の仕事を覚えようと懸命に働きます。物に触ると、その持ち主の過去や未来が見えるという神通力を生かして。ある日、 近所のおばあさんが訪ねてきて、家出した孫の消息を知りたいと、美世に頼みます。

『おばあさん:孫が戻ったらやろうと思って、新調した着物さ、あんたが触って未来の持ち主にあん子が見えれば無事ってことやろ。
美世:わかったばあちゃんやってみよう。なんか、ひ孫さんみたいな人まで見えましたよ。多分、そのうち帰ってくるよ』

ナ:それを見ていた道具屋の女主人が、美世に忠告します。
『女主人:あんたは、何よりもまず嘘をつくのはやめんといかんね』

高:ヒロインが嘘をつく、そういうつまらん嘘をつくっていうヒロインはあまりいないから、かっこよくないし、ヒロインとして「それはないわ」って思うようなことでしょ。それは新しい試みとして入れたかったんですよね。

ナ:美世は、特殊な能力があると嘘をついて、周囲の人から認められようとしていたのです。女主人は美世を諭します。

『女主人:人には、悩みを抱えて落ち込んだままでいる権利もあるんだよ。あんたの嘘で悩みをなくしてやるとは簡単たい。 でもそのことで、その人が自分で悩んで、成長する機会を奪ってしまうことになると思うんかい?』
 嘘をつくには、洞察力がいる、その洞察力こそがあんたの本当の能力なんじゃなか?』
『美世:重くて、とても優しい言葉だった』

ナ:子供の頃から絵が好きで、ちょっと内気だった高浜さん。高校を卒業すると大学の美術科に進学するために故郷を離れ、茨城県つくば市で1人暮らしを始めます。 
 時代は、就職氷河期、進路で悩んでいる頃、漫画家への一歩を踏み出すきっかけがありました。

高:短いものだったら、高校生ぐらいの時に何本か描いたことがあって、大学何年だったか忘れましたけど、 飲み会してる時にノリで上質紙に書いてみたのが、 久しぶりのその漫画制作だったのかな。で、それをみ見た友達が、「あなたは漫画家の才能があるよ」と言って漫画を勧めてくれて、そこから本格的に書くようになりました。

ナ:2002年に漫画家デビューを果たします。
 初めて発表した短編漫画、気持ちがすれ違う夫婦とその和解、家族間の心の機微を、独特の世界観と陰影で描きました。新しい日本の漫画としてフランスでいち早く評価されます。
 アメリカで賞を受賞した短編集、緻密なストーリーラインの作品群はどれもが学校生活や不倫、老いなど日常をテーマにしていました。

高:取材が必要だったり、新しい知識が必要だったりするものを1からやるよりも、日常生活の中から出てくる話を描く方が自分にとってやりやすかったから。

ナ:デビューから2年、仕事が増える一方、悩みも増していきました。

高:本当にとんとん拍子でどんどん仕事もらったり、インタビューもらったり、漫画家になることは夢見てたけど、それに付随するものは予想していなかったっていうか。新しい編集者にあったりとか、雑誌の取材を受けたりとか、苦手なシーンをこなさなきゃいけないような時に、少しお酒を飲むとこう口が回ってというか、緊張しないで話せるようになるので、少し飲んでから行ったり。海外にプロモーションなんかで行くと時差もあるし、そのきつい状態で長距離の移動があったりとか、言葉の問題があったりとか、 海外での取材を受ける時の方がより困難だった気はしますね。

ナ:初対面の人とのコミュニケーションが苦手だった高浜さん、自分の気持ちを偽り、取り繕ううちに、 心のバランスが崩れていきました。

高:苦手なシーンをこなさなきゃいけなくなってから、最初に行ったのは心療内科で、次の日が重要な日なのに眠れないとか、ドキドキが出るから、安定剤が欲しいとか、そういうことで薬をもらって飲んでて、で、お酒も飲んでて、お酒の量はもしかしたら、もうずっと
飲んでて変わらなかったかもしれないんだけれども、精神薬が入って、それを合わせ技にしたせいで、 今まではなんとか自分でそれでも管理できてた日常生活がもう完全に自分の管理できないものになってしまった。
 睡眠薬を飲まないと眠れないし、飲んだところで効いてる間だけしか寝なくて、で、それで起きてしまうから、全然疲れが取れなくて。だから、まあ、朝も起きれないで起きてもなかなか頭がぼーっとして仕事ができなかったりとか、で、シャキッとしようと思って、また、ちょっとお酒飲んだりとかで少し乗ってくると仕事をするけれども、 遅くまでやってしまって、またくたびれて。

ナ:アルコール依存症が進行し始めた時、描いていた漫画です。
 当時、小学校の臨時教員をしていた体験を元に虐待や両親の離婚をモチーフにしました。
この頃は、救いのないストーリーばかりで、コマの外は黒く塗りつぶし、より暗い印象を強めていました。

高:睡眠薬で死のうとしたことがあって、で、今の睡眠薬って、何百錠も飲まないと死ねないと言われてますけども、それでも試そうとしたわけですね。だから、遊び半分でやったわけですね。でも50錠ぐらいしか眠すぎて飲めなくて、結局助かったんだけど、その時に記憶してることはただ暗くなって、次の瞬間は目が覚めて何にもなかった。その間に夢も見なかったし、走馬灯もなかったし、死として来るべきものがなくて、ただ、眠りに落ちたのみで、何にもなかった、感動的なものは何もなかった。自殺未遂も3回ぐらいやったことがあって、で、救急車で運ばれて胃洗浄されたりとか、それも何回もあったんですけど、帰ってきてもケロっとしてるから、 みんな大丈夫だろうって思ったみたい。
 大人になってから、多動障害と診断されたんですよね。多動障害っていうのは、常に動いていて、注意集中が困難なタイプと、見た目がボケっとしてて中が混乱してるタイプとあるんです。で、私は見た目はボケっとしてるのに、中が混乱しているタイプで、私がどんなに混乱していても、周りからはそれがわからない。だから、お酒にしても薬にしても、もう自分ではどうにもならないところまで行ってるのに、普通に真顔でぼーっとしてるだけだから、誰も気づかなかった。
 それで、私はもう自分で、これでは自分がダメになると思って、まず最初に行ったのは内科で、先生に飢餓状態になってると診断されて、それで周りにもようやくわかる異常が発見されるわけです。だけど、どんどんどんどん手に負えなくなってくるんですよね生活が、ここから ベランダまで行くのに、2時間かかったりするんです。で、それでおかしいと、自分でどうもおかしいと、今普通じゃないって思って、なんとかしなきゃなと。

ナ:アルコール依存症が進行するにつれて、イラストなどを書くことはできても、漫画の複雑なストーリーを生み出すことが困難になっていました。
 高浜さんは、治療に専念するため熊本に帰ります。イラストのほか、アルバイトをしながら実家で暮らしました。

高:どんな人に相談しても、決定的な答えをくれる人はいなかった。もう、お酒をやめなさいとは言ってくれないし、医者に薬を飲みたくないですと言っても、いきなりやめろとは言われないし、だから、 相談できるところは回復した人達のグループしかないと。

ナ:高浜さんはネットで探したアルコール依存症自助グループを頼りにします。

高:暗い廊下を下りていって、少し明るいところに出て、この部屋に入ってきますよね。なんか、それがすごい再生を象徴するように、当時の自分に思えたんですよね。
 毎日どこかでやっていて、毎日飲みたくなった人が、いつでもどこかの会場に行けば、グループに参加できるようになっています。来ると、こうやって、席について問題を抱えてる人達が集まってくると、ここに来る人達は、アルコールの問題をみんな持っていて、みんな言いっぱなし、聞きっぱなしで、他の人は口を挟まないで、その人の話を聞くんですけど、自分の問題だとか、発見だとか、喜びだとか、頑張ってることとか、辛いこととか、何を話してもいいんです、その特定の誰かを傷つけなければ。
 最初はやっぱり緊張してましたよね。どんな人がいるのかわからないし、自分のことについて話すのは緊張するし、かなりドキドキしながら来ました。 
 2つの感情があって、他で話せないことをここで話すと気が楽になるんだけど、同時に話したことで生まれる罪悪感っていうのもあるんですよね。なぜ、罪悪感を感じるのかな。自分の問題を話す時に、正直に話したつもりでも、いくらかドラマチックになっているのではないか、自分の中でそれが正確に伝えられているのかが、その時は自信がなかった。これは、漫画の制作と違うから、私自身の人生の問題だから、そこに嘘が入ってはいけない。本当に1パーセントでも、嘘が入ってはいけないと思って、 非常に気を遣ったんですよね。

ナ:自らの経験を語るとともに、他の参加者の話から希望を見出だすようになります。

高:やめて、また社会復帰した人達の中には、時々すごい奇跡を起こすような、もうものすごい大逆転をする人がいるんですよ。 で、そういう例を見ると、自分ももうここまで自分は落ちてきたけれども、あの人みたいにあそこまで戻りたい、もっと上に行きたいって、もう諦めていたものが、もう1回手に入るかもしれないっていう憧れ、希望、回復した人達を見たので、 これは自分も回復してみたいと思ったわけですね。

ナ:この頃、ボランティアとして訪れたホスピスで、1人のがん患者と出会います。

高:その方はね、もう末期の癌だったけど、結構それでもホスピスの中で4年過ごされて、 だから長くいらっしゃったから、私がその行っていた間、ずっと彼と会って話をすることができて、その間に友達になったんですよ。で、若い時はずっとその精神の問題に悩まされて、で、結婚もなさらないで、ずっと苦しい人生を歩んできて、で、ガンになって、ホスピスに入ってらっしゃった。ガンになってから、全然幻覚とか、そんなそういう精神の問題がなくなったらしいんです。 すごく穏やかに死なれたの。だから、癌がね悪者だと思わなかった、思えなかった。少なくとも彼を楽にしたのは癌だったのかもしれないし、で、すごく穏やかな顔で、私を含めてお世話になった人達みんなに挨拶して握手して、それで逝かれたんですよね。見事な死だった、それをなんか見せていただいたことにものすごい感謝して、誰かの死っていうのを見せていただいたことはすごく自分のためになったし、自分が死に向かう時もそうでないといけないと思うようになりました。

ナ:熊本に戻り、身近になった自然の中で考える時間が増えていきます。

高:やっぱ、回復のために体作りをした方がいいっていうことで、よくウォーキングしてましたね。

ナ:自分に与えられた時間をどう生きるのか、意識するようになっていました。

高:夜月当たりだけでここに来て、蛍がバナナの葉っぱの間を消えたり出てきたりするのがすごい幻想的で綺麗で。こういうところに来る以前は植生みたいなことにはあまり関心を持ったことがなかったんです。 でも、まあだんだん興味が湧いてきて、自然に触れるっていうのは、やっぱりすごくいいことだと思うし、精神が癒される、それから、深く考えるための落ち着きが得られる、もう言葉で表せないものでもあると思いますね。 
 やっぱり自然の側にいて、例えば、どんなに無神論の人でも、自然のことは否定できないじゃないですか。鳥が飛ぶこととか、虫が鳴くこととか、そんなことをどんなに科学で説明しようと思ってもわからないことがたくさんあるし、 だから、自然を信じていればいいと思いますよね。なんか、そのとにかく自然が助けてくれたり、自然が答えをくれたりすることはたくさんあるし。それがサムシング・グレートっていう人もいれば、ハイアーパワーっていう人もいれば、神という人がいれば、宇宙という人もいるでしょうけど。でも、自分が そういうものなしに、自分1人が生きてると思うのは傲慢でしょ、やっぱり、自然の中で生かされているわけだから。何か全体のおっきなものの中で生かされてて、それについては何も解明されてないことが多すぎるわけだから。

ナ:自助グループに通って1年以上、出会いと別れを重ね、高浜さんは自分の依存症と向き合い続けました。

高:いろんな知識を得ることができました。普通の一般社会、学校とか、家族とか、 職場とかで習ってこなかったようなことを習う機会になった。特に精神的なものに関して。

ナ:そして運命を変える言葉と出会います。アメリカの神学者、ラインホルド・ニーバーが広めた祈りです。
『神様、私にお与えください、変えられないものを受け入れる落ち着きを、変えられるものを変える勇気を、2つのものを見分ける賢さを』

高:回復しようとする依存症者を日々支えてる祈りですね。わかりやすく言うと、変えられないものは他人、変えられるものは自分だから、自分に決定権がないものを一生懸命変えようとすることは無駄なことで、でも、自分の在り方とか、自分の中で変えられるものは変えていこう。 
 今までは、その困難な状況を自分でなんとかしようとしてきたわけだから、なんともならないものを受け入れようって言われることが驚きだった。

ナ:ニーバーの祈りに背中を押されて、高浜さんは依存症から回復していきました。
 31歳の時、出版社のオファーを受けて、数年ぶりにストーリーのある漫画に取り組むようになります。その頃、描いていた「SAD GIRL」、自分の過酷な体験をもとにしました。
しかし、結末は自らの力で明るい方向に向かうようにしました。

高:例えば、悪とかネガティブなものを描いても、それを読むことが面白いって思うようなものにしたい。 なんか、自分のネガティブな感情を他の人に押し付けるような漫画をもう描きたくない。
 さらに歴史漫画にも幅を広げます。幕末の長崎、丸山遊郭を舞台にした「蝶のみちゆき」、悲しい過去を抱えながら、美貌と粋で遊郭を生き抜いた太夫の生涯、ふるさとで暮らすうちに地元の歴史に触れ、そこに生きた人々の埋もれた声に惹かれていきました。

高:最初は仕事としてやってましたけど、だんだんそのジャンルに惹かれてやるようになったわけですね。それは確かに、もう今生きてない人達のことを調べると、自分も変わるし、 今の社会に応用できることがたくさんある。で、以前はやってたはずなのに、今の人達がやらなくなったことを掘り出すことがあるし、そういうのを描いていくのは、やりがいもありますよね。

ナ:復帰後、次回作の構想を練っている時、アンティークショップで偶然1つのブローチを見つけます。それが夜の闇に光を灯す「女神ニュクス」でした。

高:ずっと夜が来ない状態で、それが明けたことがあったんで、そのブローチを見た時に、 自分の経験と照らし合わせて、すごく惹かれたのはあると思います。

ナ:ブローチに着想を得たのが、初めての長編「ニュクスの角灯(ランタン)」、高浜さんの代表作が生まれた場所を訪ねました。

『高:3回の角部屋です
ナ:かつてここに立っていた築数十年の古いアパートに住んでいました。
高:薬をやめて、お酒をやめてって決めた時に、インターネットの不動産情報サイトで1万円台、1部屋、ワンルーム熊本市中央区で検索して、こんなものあるわけないって、エアコン、フローニングとかですね。思い切っていろんな条件を挙げたんですけど、あるわけないだろうと思ってたら、ここが1件だけあったと。それで、もう1発で決めてずっと住んでます。 住んでる間に家がこう傾いてきて、玄関ドアが閉まらなくなったんで、鍵かけないで出歩いたりしてたぐらいボロかった。
 3年間いたと思います。こんなボロくても入ってみりゃ住めるじゃないかっていうので、どん底があるってことを教えてくれたけど、そのそこが別に自分が思ってたような、最低のものじゃなかった。 
 実際に底を見てきた人達の方が、そこを知らないで育った人達より強かったりするそれと同じことです。底は知ってる方が強いと。
ナ:部屋には家具やランプなど、お気に入りのアンティークをいっぱいに飾りました。古い品々に囲まれて、 「ニュクスの角灯(ランタン)」を夢中で書きました。
高:もう私、ここ住んでる間は全然何も問題を感じてなくて、エアコンもあったし、壁も ボロかったけど問題なかったし、お風呂も寒かったけど、発泡スチロールで塞げばなんとかなったし、 あんま何も問題感じずに、その1万2,000円のボロ物件に住んでたわけです。結構それは幸せな時間もあって、保育園から子供達の声が聞こえてきて、のどかでね、なんか、いい思い出も結構あります。 やれば、なんとかなるんだってことを教えてくれた物件でした』

ナ:神通力で、物の持ち主と未来が見えるのは嘘だと見破られた美世、再びその力を頼まれます。
『女性:あんたなら視えるやろ』
 美世は女主人の言葉を思い出します。「あんたは、嘘をやめんといかんね、人には悩んだままでいる権利もあるんだよ」
『美世:ごめん、おばさん。私、視えなくなってしまったの。
女性:神通力が失くなってしまったとかい?
美世:そうです。ごめんなさい、力になれなくて
女性:そんなこともあるんだね、それじゃ、しょうがないね』
 美世は誰かの期待に答えようと、自分を偽ることをやめたのです。

ナ:漫画家として再び光を見出した頃、地震が襲います。住んでいたアパートは全壊認定。 アンティークに囲まれた部屋は、立ち入るのも困難になっていました。

『高:予震の時に、すでに全壊だったんですよ。揺れて、この家に戻ってきたら、もう住民の人達がここにみんなで出てて、で、この道なんとかこう危なくないように、この道に避難してて、でももう この亀裂なんかもそうな時じゃないのかな。ぐにゃぐにゃ道がぐにゃぐにゃで、こういう電柱が倒れてくるんじゃないかと思って。みんな右ったり、左行ったりって感じでした。』

高:本当にもう死ぬんだって思った時は不思議な感じでしたね。そしてもう、受け入れる気持ちになってたし、その瞬間が5分後なのか、3日後なのか、噴火なんか予測もできないし、なんともわからないから近いうち死ぬっていう、それぐらいしかわからないから、どうやって生きるのか、すぐ考えて、その間にも県外に逃げる人とか、車を使ってどんどんどんどん逃げ出す人達がいたんだけど、なんで私はここに残ってるのか、自分でもちょっと不思議でした。死ぬつもりで残っていましたし、死ぬまでに少し時間があれば、 文章なり漫画なりにして残して死ねるけど、きっとこの死に方は、あっという間に行くから、誰にも伝えることができないのは残念だと思いました。

ナ:住み慣れたアパートはすぐに解体され、集めていたアンティークの多くも、手放さざるを得ませんでした。

『高:緩やかにPTSDみたいなものになって、 前住んでた家をこう通ったりすることがあったんだけど、その時にもうすでにあれが立ってて、自分が住んでた部屋がないっていうのが、なんかちょっと不思議な喪失感を感じてました。いや、そのね、物質的にいろんなものが新しくなったり、復興したり、違う人が生活を始めてあったりするのに、自分が先に進んでないっていう感じなんですよ。ポカンとあそこから、あそこに住んでた時のまま、なぜか自分がその間に進歩してなくて、1人だけが取り残されているっていう感じなんですね。
 あと、なんか復興ムード、すぐにこう、「頑張ろう熊本」とかすごい復興ってなったけど、それにも追いついていかなかった感じがしますね。地震の直後からずっと仕事だってしてたし、いつもいつも何かしら一生懸命してたし、もうしてるのにっていう気持ちなんですよね。だから、鬱の人に頑張れって言うといけないっていうのと同じ心理で、もうなんかこれ以上頑張ろうとかっていうのは、もう言ってくれるなっていう感じなんですよね』

ナ:実家も全壊し、車での避難生活は1ヶ月に及びました。この車の中で、「ニュクスの角灯(ランタン)」の連載を描き続けました。

高:震災みたいな分かりやすい、悪いことってそう何回も頻繁にあることではないから、祖母と話してて思ってたんですけど、例えば、スペイン風邪の話聞いたり、戦争の話聞いたり、老人の話を聞くといい時代と悪い時代が、その1人の長い人生の中では何回かあるんだってことは、小さい時から思ってたんですよ。だから、私の バットラックっていうか、バットターム、バットピリオドが今来てるっていうのがすごくその時に思って、災害系は何回来るんだろうなとか、感染症系は何回来るんだろうなとか思いましたね。あと何回災害は起こるんだろう、戦争はあるんだろうか。やっぱりその80年、70年、80年人生生きるとして、その間に何もないなんてよっぽどじゃないとないから。
 今被災してる人達がね、過去に被災して、その人達がどういうふうに生活を立て直していったのかを知ることもいいことだし。やっぱり自分が何かを克服したい、自分、変えられるものを変えていく自分を変えていこうと思った時に求めて読むものは書物だったり、インターネットであっても、テキストだったりするわけなんですけど、そこにそのテキストがなければ検索してたどり着くことができないから、やっぱり残すっていうことは大事だなと思いますね。

ナ:熊本地震のあと、物語は大きく動き出します。 自分には何もできないと、自信が持てなかった美世は英語やフランス語を学び、道具屋として大きく成長します。 
 ある日、美世の仕事ぶりが貿易商の目にとまります。美世はパリで働くチャンスを掴みます。
 連載への人気が高まり、震災からの復興も熱を帯びる中で、高浜さんは再び心のバランスを崩します。

高:半年ぐらいしてから、みんな気が緩んだ時に、そういうちょっと空虚な気持ちになって、再飲酒、私も再飲酒したし、酒飲み友達が色々とできて、その中にはアル中の人達もいるわけで、仲良くなった人達もいて、私はせっかく親しくなったんだし、みんな自分の夢の話とかも飲みながらしたりして、みんなで光の方に行こうよって思ったけど、みんな行かないわけですね、飲んでたいからずっと。やめようよって言っても、みんなやめなかった。
 本当にいろんなことが全然できなくなって、で、もうこのままだと仕事を失ってしまう、漫画家としてもう機能しなくなってしまうって思って、もう辞めないといけないと思って。お酒を飲んでいる時に、私は24ページの短編しか作る能力がないんですよ。集中力も低下して、絵の、その目とか脳が多分水が溜まってるせいだと思うんだけれども、絵も描く絵もおかしくなるし、色もきちんと正確に塗れないし、長編なんか、その構成を頭の中でキープし続けることができない。だから、紙に書いて、なんかここはこうするって全部メモしても
飲めば飲むほどどんどん描けなくなっていって、でもお酒をやめて3ヶ月、半年、1年、 3年って経つと特別メモしてなくても、長編の構想が頭の中でキープできる、こんなに違う。  だから、スリップ(再飲酒)した時、震災の後でスリップした時にも、もうせっかくあれをその再び得てたのに、あの能力をまた失ってしまったと思って、もうそれを取り戻したいからやめられた。

ナ:闇の世界を角灯(ランタン)の光で照らす、女神ニュクスのブローチ。職人の叔父が手作りしたものを、 お守り代わりに美世に持たせます。いよいよ美世がパリへ旅立ちます。
 物語の舞台は花の都パリへ、美世は早速パリで仕事を始めます。最初はなかなかうまくいきませんが、持ち前のひたむきさで仕事に慣れていきます。見るもの触るもの、なんでも珍しい海外生活です。
 パリ編の重要人物となるのが高級娼婦、ジュディット。社交界で華やかな生活を送っています。その裏で重度のアルコール依存症に苦しみ、結核を患っているにも関わらず、飲酒をやめられないでいました。

高:リアルを、アル中のリアルはこんなもんだっていうことは、ちゃんと描いた方が話は面白くなると思いましたね。それは自分が知ってるから、 アル中になったことがない人のアル中を描くのとなったことある人が描くのとではきっと違うし。
 あの話の中にはもう1人ポーリーヌっていう同じアル中だったけれども、既に回復してて、彼女を導くキャラクターがいて、それを自助グループみたいなもんですよね。2人だけだけど、メンバー2人の自助グループ。先を行く人が、これからやめる人を導いていくっていう、そういうスタイルをそこに入れて、こういう風にしてやめていくことができるっていうサンプルをその中に入れた。

ナ:ポーリーヌに託したのは、高浜さんの人生を変えてくれた「ニーバーの祈り」でした。

『ポーリーヌ:必要なのは静かな忍耐だよ、変えられないものを受け入れる心の落ち着きと
変えられるものを変えていく勇気、そして2つのものを見分ける賢さ、そして一番重要なこと、「気楽にやろう」』

ナ:生まれ育った天草で暮らす高浜さんは、この地を舞台に次回作の構想を立てています。
 江戸時代、初期に起きた天草島原の乱、激戦地となった富岡城の資料館を訪ねました。

「高:なぎなたはあまり詳しくないので、よくわかんないですけど、当時は九州で流行したって書いてありますね。室町時代に九州で流行した』

ナ:城跡には、当時の石垣が残っています。城が攻められた時、たくさんの人がここで命を落としました。この島で戦乱を生き抜いた人々は、何を見、何を感じていたのか、数年をかけて ストーリーを練り上げていきます。

高:過去の日本人から教わることがたくさんあるということですよね。私達やっぱり時代が新しくなればなるほど、いろんな発見があって、科学的にもいろんなものが解明されて、人間は賢くなってきてると思うけれども、実際は昔の人の方が聡明だったと思うことが、私はすごく多くて、困難の乗り越え方も教えてくれるし、いろんな人が書き記しているし、いろんなエピソードもあるし。だからもう、それが神であってもいいし、死んだじいさんであってもいいし、全然血の繋がりのない何世紀かに生きた誰かであってもいいわけだけど、自分の中で自分だけのメンターを持つっていう。それは死者であっても構わないと思うんですよ。もうとっくにいなくなった人でも構わない、でも、必ずなんか答えが出る、不思議なことですけどね。

ナ:漫画を描き続けること、それが苦しみ抜いた高浜さんがたどり着いた希望です。
 太平洋戦争末期の防空壕から始まった「ニュクスの角灯(ランタン)」、年老いた美世が孫に語る明治時代、長崎、パリでの夢のような話が終わりました。

「孫:いいね、すごく素敵な時代やったんだ、
美世:あの頃は世界中が浮かれたったね。新しか発明に、新しか芸術、初めて知る世界。でも、その一時の夢がみれたことには感謝してるよ。その後の現実を生きていくことはようでけんかったろうと思う。
孫:あの頃があったけん、今があるわけやしね。
美世:ばあちゃん少し眠くなってきた。
孫:ゆっくり眠って話し続けて疲れたろ、それがばあちゃんと話をした最後でした』

高:大きく変わったのは、やっぱりその生き直すというか、小さな輪廻ですよね。現世でも輪廻だけど、1回精神の死とか、肉体の死とか仮死、仮の擬死を経て、もう1回生き直すっていうそのちょっとした輪廻ですよね。これを経験して、漫画の状況設定とか、歴史設定、時代設定が長くなった。前は1人の人生のこの辺りを切り取って書いていたようなものが、 人の生き死にのサイクルをもっと全体を含めて描くようになった。

『孫:戦争が終わったら、いつか私もばあちゃんみたいに世界を見に行きたい、見たことのないものを見たり、いろんな人達と友達になったり、いつかできるといい』

ナ:美世の孫が見つめるのは、原爆が投下された長崎です。

『美世:大丈夫、悪い時代の後にはきっといい時代が来るから』

高:私が最終的に言いたかったのは、悪い時代の後にはいい時代が来る。でも、そこがエンドじゃなくて、また悪い時代が来る。だけど、 悪い時代が来た時に、どうやって乗り切っていくかっていうところをレーニングをしておけば、次だってちゃんと乗り越えられる。そういうことを描きたかった。

『高:3歳ぐらいまで、晴れた日は毎日見てました。この美しさはね、表現してもしきれない。あとは、雲を見て、雲の形の中からいろんなストーリーを見つけるのが好きだった。 
 すごい象徴的だったのは、震災の後スリップして、 また断酒を始めた頃に、ちょうどこんな風な夕焼けで、熊本市の空でしたけど、鳩が大きく羽を広げたような形の雲がわーっと目の前に出たことがあって、それもなんとなくこうすごい象徴的で覚えてて、 もうあっち側に行かないといけないと思って、明るい方に行かないといけないから。

ナ:高浜さんが闇の中で求めた光、それは女神ニュクスのブローチでした。
 美世は、お守り代わりのブローチをパリで落としてしまいます。拾ったのは、 アルコール依存症に苦しむジュディット。ジュディットにとっても、ニュクスのブローチは、 大切な人との愛の証だったのです。
『美世:やっぱり、あなたが拾ってくださったんですね』

ナ:混乱するジュデットを美世は優しく介抱します。

『美世:私の父も時々こんなふうにパニックを起こして、父の飲酒がひどくなってから、 混乱状態になった父の気持ちを沈めるためによく嘘を』
ナ:嘘をつくことで父親を安心させたり、周囲からの注目を集めたりしていた美世。しかし、嘘は見抜かれ、自分をよく見せようと気持ちを偽ってきたことを克服します。自分を信じて、ありのままを生きてきたと伝えました。

『ジュデット:私が人や自分を信じることを恐れているってことね、ありがとう話してくれて。このブローチに書かれている女性、誰なのか知ってる? ランタンの手に暗い世界を照らし、全ての戦いを終わらせにやってくる。夜の女神ニュクス、角灯(ランタン)のような明るさと誠実さで、私の闇を照らしにやってきた私のニュクスよあなたは。
美世:どうか怖がらずに光の方へ
ジュデット:ありがとう、、、』

 

ニュクスの角灯 (1) (SPコミックス)

蝶のみちゆき

愛人 ラマン (トーチコミックス)

SAD GiRL (トーチコミックス)