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NHK「こころの時代〜宗教・人生〜」の文字起こしです

2022/8/21 歎異抄にであう シリーズ 無宗教からの扉(5) 「不条理を生き抜くために」

阿満利麿:宗教学者 明治学院大学名誉教授

ききて(ディレクター):鎌倉英也、池座雅之 

 

ナレーター(以下「ナ」という):「歎異抄」は700年前の鎌倉時代に書かれた仏教の古典です。そこに貫かれているのは、阿弥陀仏のもともとの願い、本願に基づく念仏を称えるだけで全ての人が救われるという本願念仏の思想。法然によって称えられたその教えは、親鸞らによって受け継がれました。「歎異抄」はその親鸞の言葉を門弟となった唯円という人物が正しく伝えようと書き留めた書です。

 「歎異抄」が生まれた背景には、戦乱、疫病、飢饉などが人間や社会に襲いかかる不条理に満ちた時代がありました。現代を生きる私達もまた様々な不条理の中にいます。

 

『街頭での一般の方①:就職を希望していた先がコロナの影響で就職の枠を減らされちゃったりとか、ものによっては採用そのものが無しになったところもあった。それで自分も就職先、志望先を変えざるをえなかった。半分しょうがいないと思いながらもなんで自分がこういう目にあわなくちゃならなかったんだ、というのはありました。
②:うちは父親がよく離婚していたので片親だったりというところで、世間的に「片親だからこうよね」とか決めつけられたり、なにも悪いことしていなくてもいつもそう言われちゃう。中身を見ない、外側からの家庭環境だったりというところでは平等じゃないな世の中って
③:うつ病になっちゃった。仕事の環境がガラッと変わって、仕事の内容とかで悩んじゃってそれでなった。自分では一生懸命やってて、だけどちょっと変わっただけで人間ってすぐ変わっちゃうというかそうなっちゃうんだと。
④:私達は戦争を経験してますから85歳ですから。戦争の真っ只中でコッペパン持って逃げた方です。我々東京でしたからほんとに大変でした。頭の上に焼夷弾が落っこちてもろに即死した、お友達がね、あんなひどいことはないですよ。だから戦争だけはね、今やってますねロシア、なんとしても早くやめさせないと。なんにも関係ない子供や年寄りが皆亡くなっていくでしょ』

 

 シリーズ「歎異抄にであう 無宗教からの扉」、第5回は、歎異抄の言葉を手がかりに、不条理な世の中を生き抜いていくための道を探ります。

 

阿満(以下「阿」という):今日は「不条理」ということをテーマに「歎異抄」を読み解こうと思いますけれども。
 「不条理」というのは要するに「身に余る難題」ということですね。自分で考えても考えても答えが見出せないような状況。どの方も不条理の世界でもうどっぷり浸かって満足だという人はいないと思いますね。何とかしてその不条理というものから逃れようとして、あるいは何とかそれを克服したいといろいろ努力をされると思う。
 で、不条理に立ち向かう根拠として「歎異抄」はどういうふうに教えているかと。「歎異抄」の結分ですね、終わりの文章を見ていただきますと、その終わりの文章の真ん中以降にですね、その「聖人のおほせには善悪のふたつ、総じてもて存知せざるなり」と。

 

ナ:不条理な現実と向き合う時、「歎異抄」はまず、人間の存在そのものの不確かさを見つめるよう説きます。「歎異抄」の「結分」に書かれている親鸞の言葉です。

 

親鸞聖人は「善悪のふたつについては、私はまったくわきまえるところがありません。なぜならば、阿弥陀仏がよいと思われるほどによいことを徹底的に知っているのであればこそ善を知ったということになるでしょう。また、阿弥陀仏が悪いとお知りになるほどに悪を知り尽くしているのであればこそ悪を知ったということになるでありましょうが、煩悩具足の凡夫と火宅無常の世界においては、善悪のふたつを含めて一切が空言であり、戯言で真実がないにつけてもただ念仏だけが真実でおはすのです」とおおせになったのです』

 

阿:「煩悩具足の凡夫」、煩悩をいっぱい備えている凡夫。「火宅無常の世界」、火が燃え盛って常でない。
 「火宅無常の世界はよろづのことみなもて空言戯言まことあることなきにただ念仏のみぞまことにておはしますとこそおほせさふらふしか」と。この煩悩だらけの我々、煩悩だらけということは自己中心から逃れられないということですね。その自己中心でしかも自分達の暮らしている世界が、このお互いがこの自己を主張し合っているわけですから、そこに争いが絶えず絶えないわけだし、しかも、「火宅」っていうのはまあこれは法華経から出てきている言葉で人間が生きている世界というのは、まあいわば火事を、火事に燃え盛っている家の中にいるような存在だと、人間はですね。人間、人は自分がそういう火事が燃え盛っている家の中にいるとは誰も思ってないわけです。しかし、その仏の目から見ると火宅に見えるということは、つまり人間が自分の世界の欲望を全てお互いさらけ出し合いながら衝突し合ってるという状態が火宅に見えてくるということなんでしょう。そして「無常」というのは、仏教ではあらゆるものは無常であって常なるものは何もないと、そういう中で何を手がかりにしたらいいか、中々はっきりしないというそういう世界の中で、しかし、それぞれが自己中心で暮らしている。そういう人間のあり方を考えると「よろづのことみなもて空言戯言まことあることがない」と、こういうことを感じずにおれなくなってくると。まことがないということになると、私共は生きていけなくなるわけですね。人はやっぱりどこかでまことというものがあって、そのまことを自分は踏まえて生きているんだということで安心して生きていけるという点があると思うんですけれども、あらゆる点が全て空言で戯言でまことがないとなると、それはニヒリズムになってしまってですね、ニヒリズムというのは格好はいいけれども、実際ニヒリズムの中で生きるというのは大変なことですよ。ですから、そういう中でその何か真実はないかということで、人は皆いろいろ苦労するわけですけども。この仏教は念仏だけがまことだとこういうふうに教えるわけですね。
 で、私共がそれぞれ抱えている不条理というのは、自分だけの目で見ると大変なことですけれども、そういう不条理に苦しんだ人達はもう実に無数にいらっしゃると。そういうその不条理に苦しんだ人を手がかりに自分達の不条理の問題を解決していくという、そういうことは大事な道なんじゃないかと思うんですね。
 1つは、私はあの良寛親子のことを思うんですね。

 

ナ:良寛は、江戸時代の後期に越後国現在の新潟県に生きた僧侶です。禅僧でありながら生涯寺を持たず、子供達と日が暮れるまでまりつきをして遊んだという逸話から、人々から信頼され愛された人柄が伝わってきます。しかし、良寛がその境地に達するまでの人生には、悲しい、不条理な体験がありました。
 良寛の父親は、山本以南という越後国出雲崎の名主でしたが、60歳の時自ら命を経ちます。賄賂政治が横行し、名主の職を奪われそうになったことを憂えた末の死でした。俳人としても知られた以南の一句、「露に散り 嵐にはづむ 蛍かな」、自らの境涯をはかない蛍に投影しています。
 父の非業の死は、良寛にとって不条理な出来事そのものでした。出家し、継ぐはずだった名主の家を捨て放浪していた良寛は、仏教の道を更に深めていきます。
 晩年になって残した書や歌からは、「本願念仏」を大きな心の支えとした良寛の思いが伝わってきます。「草の庵に 寝ても覚めても 申すこと 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」、
良寛に 辞世あるかと 人問はば 南無阿弥陀仏 といふと答えよ」

 

阿:良寛さん親子は、越後の出雲崎の豪商かつ当時の社会ではその名主をやっていた、そういうおうちの出身者ですね。名主というのは要するに当時の幕府権力の末端を担っていて、様々な矛盾を解決する現場に立ち会わなくてはいけないというそういう職業でもあったわけですね。
 ですから、不条理を目の当たりにするという経験がしょっちゅうあったんだと思いますね。

 

鎌倉(以下「鎌」という):時代としてはちょうど江戸時代の田沼意次汚職とか賄賂が横行する時代、山本以南という良寛の父親というのはその、田沼意次みたいな権力と結びついている人達によって自分達が自分のうちとかですね、名主であるその地位さえも奪われるかもしれないというような中で非常にこう筋を通そうとして頑張った人がその以南という方だったというふうに僕は聞いております。

 

阿:この良寛親子を私が引き出した理由はですね、組織の末端でその組織を守るために使われる立場にいる人間が持つ不条理のことなんですよ、それはね惨いですよ。このサラリーマンを経験した人は皆お持ちだと思うけれども、末端のサラリーマンは経営の矛盾を全部一身に浴びせられますよ。そういう中で自分を貫いて生きるっていうのは大変なことです、それは。
 良寛さんは18歳の時にですね、名主の見習い役を仰せつかるんですね。ところが恐らく3ヶ月ももたない内に出家して頭を丸めてしまうんですよ。そして良寛と名乗る。彼が頭を丸めた年はですね、越後は天災が続いて、疫病がはやってですね、凶作だらけで、あちこちでまあいろんな犯罪が起こると、その犯罪の時には死刑に立ち会うというようなこともしたらしいという話もあるぐらいなんですね。要するに不条理そのものをこの身にしみて感じるということがあったんでしょう。そして22歳の時に家を捨ててそれから放浪の暮らしをずっと続けてですね。
 ただ良寛はですね、わりと若い時にこの「本願念仏」というものと出会って、その「本願念仏」をその自分の究極的な拠り所にしていた人ですね。
 ですから、良寛さんが自殺に終わらなかったのは、「本願念仏」というものがあったからだというふうにも考えられますね。良寛さんにはあの辞世、いろんな句が辞世の句として伝えられていますけど、その1つは、
良寛に 辞世あるかと 人問はば 南無阿弥陀仏 といふと答えよ」とこういう歌が残っております。

鎌:良寛さんは、一種こう、世を捨てるような風流な生き方だったというふうに解釈、世の中で一般的にされていますけれども、やはりその良寛が非常にこう自分の愛した句として、
「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」、人間には表も裏もあって両方見せながら亡くなっていくのがもみじなんだ、人生なんだっていうようなことを言っている言葉だと思うんですけれども、それについてはあの先生はいかがお考えでございますか?

 

阿:恐らくね、彼は「本願念仏」の本質をやっぱり掴んでいたと思いますね。「本願念仏」の本質をつかむとありのまま生き死にができるというか、だから「裏を見せ 表を見せ」ということは、その「本願念仏」の支えということがとても大事。
 やはりその彼が「本願念仏」という浄土仏教に強い関心を持っていたというか、その浄土仏教を生きてたわけですよね。そういう身に余る難題に対して、どのようにそれを納得していけばよいのかということでやっぱり「大きな物語」の役割っていうのは欠かせないと思うんですね。
 この「歎異抄」ではそんな大きな物語というのは、「無量寿経」という経典なわけですけれども。「無量寿経」という経典自体がですね、この不条理の真っ只中で不条理を克服するための教えとして説かれていると、そういう一面があるんですね。

 

ナ:「歎異抄」を支える大きな物語阿弥陀仏の本願が生まれた経緯を説く物語は、「無量寿経」という経典の中にあります。
 阿弥陀仏はもともと法蔵という名の人間でした。法蔵は不条理な現実のただなかで生きる人間の苦しみを見て全ての人を遍く救うという願を立てます。それは戦争や飢饉など社会の混乱や危機に加えて、人間そのものの存在が衰弱してゆく「五濁悪世」と呼ばれる世の中で立てられた願いでした。
 自らの願いが実現するまでは「仏にならない」と誓った法蔵は、長い歳月修行を重ねてついに「阿弥陀仏」になります。そして得た完全な智慧を駆使して一切の人々を不条理から解放する慈悲を実践します。
 「南無阿弥陀仏」という念仏は「阿弥陀仏に帰依します」という意味。念仏を称えることによって全ての人が救われる道を示したのが「本願念仏」です。

 

阿:「無量寿経」には「五濁」と呼ばれる「不条理」そのものは説かれています。五つの濁りですね。1つは、時代のひどさ、戦争とか飢饉とか疫病がはやる。2つ目は、思想が貧弱化すると、思考力が劣化をすると。3つ目は、人の考え方がますます自己中心的になっていくと、もう智慧に欠けることおびただしい。4つ目はですね、身体と精神の病が深くなると、特に精神の病が深くなる。5つ目は、人間の寿命は短くなると。これは紀元前後のですね、インド社会の姿が実はそこに反映していると言われています。
 ですから、そういうその「五濁」と呼ばれるそういう不条理の世界そのものをこの「無量寿経」というのは説いていて、その教えの要はですね、「無量寿経」の教えの要は、一切衆生が究極の智慧を手にできる方法、つまり「行」というものを工夫して与えたという点です。
 それはどういうことかと言いますと、それは「南無阿弥陀仏」という名を称えるという方ですね、方法。阿弥陀はその「南無阿弥陀仏」になっていて、その「南無阿弥陀仏」を口にするというのは阿弥陀の心が私共の心の底に伝わってくることなんだと。「本願念仏」で「信心」が大事だと、阿弥陀仏の本願を信ずるということが大事で、そして称名をする、念仏をするということが大事だと、こう言っていることの理由をですね、「信心」という言葉を手がかりに考えるとわりと分かりやすいと思うんですね。
 この普通、世間では「信心」というのは私が起こす「信心」ですね、私は神仏に対して起こす信仰心、それを普通は「信心」と言っているわけです。しかし、私は「信心」という言葉よりも「納得」するというごく普通の言葉に置き換えた方がいいと思ってるんですね。
 つまり、阿弥陀仏の物語を聞いて納得するということがこの大前提であって、納得するかしないか、そういう意味のまあ「信心」ということがあると。もう1つ、「本願念仏」でとても大事なことは、「南無阿弥陀仏」を口に称えると、阿弥陀仏の心は我々の心の奥底に伝わってくると。そして私達の心の奥底に「まことの心」を蓄えていくというそういう考え方ですね。
 そのまことの心のことを、しかも阿弥陀仏の「まことの心」であるから、親鸞は「大信心」という言葉を使うんですね、「大信心」。私が「南無阿弥陀仏」と称える、その称えた結果私の中に阿弥陀仏の心は生きていく、それは自覚できないですよ。阿弥陀仏の心は私の中で働くって言ったって私は全然分かりません。な~んにも分からない。
 ただ、阿弥陀仏の名前を称えることで私の中に阿弥陀仏の「まことの心」が伝わってくる、そのことを「大信心」と言うんだと。念仏をすると私達の心の中にまことの心、阿弥陀仏のまことの心が伝わってくると。それが我々をその仏たらしめるそういう方向に引っ張っていくんだと。

 

鎌:根本的なお話で申し訳ないんですが、阿弥陀仏が名前になっているというお話なんですが、「阿弥陀」というのはですね、実はどういう意味があるんでしょうか。

 

阿:「阿弥陀」というのは「無量の光」と「無量の寿命」という意味のようですね。ですから、無量光、光が無量である。これは何を意味するのか。
 これはあの、法然上人がとてもいい解釈をしておられますけど、普通の光は物が当たると影ができるでしょ。それから光を通さないものがありますね。ところが阿弥陀仏の光は影を作らない、その光を妨げるものは一切ないと。
 つまり普遍性ですね、絶対的な普遍性。つまり阿弥陀の名の持っている普遍性。もっと言えば阿弥陀の本願力の普遍性ですね。そういうことのシンボルであると、これは法然上人はとても強調された。だから我々は念仏だけでいいんだと、こういうふうに言っておられる。
 無量寿の法はですね、この寿命が無量だというわけです。これはあの、有限の寿命しか持っていない私なんかにはよく分からんことですね。
 しかし、それだけ無量の寿命を必要とするほど人間の業は深くてですね、もうほんと、お手上げなぐらい深いと。ちょっと我々が努力すれば克服できるような、そういう人間の業というのはそんなものじゃない。そこはやっぱり生命というものはお互いに相食みながら維持してきたわけでしょう、自分の生命を。相食むことでしか成り立たない生命の持っているある意味では限界を表しているのかもしれませんね。

 

ナ:「歎異抄」には、念仏を称えることで人生の不条理に向き合う時に、どのような心の変化が生まれるかを説いた一節があります。第七条に現れる「無碍の一道」という言葉。身に降りかかる何事にも、うろたえ動じることがない道を示しています。

 

阿弥陀仏の名を称する行為、念仏は、何事にも妨げられない唯一絶対の道、無碍の一道を歩む証です。そのわけはどういうことかと申せば、信心の行者に対しては天の神、地の神も敬ってひれ伏し、魔の世界にあるものも仏教を否定する異教徒の人々も妨げをなすことができないからなのです。罪悪もその報いを行者の上に表しても行者の心を揺り動かすことはできませんし、いかなる善も念仏に及ぶことがないので念仏を無碍の一道と言うのです』

 

阿:「念仏は無碍の一道なり。そのいはれいかんとならば」、その理由はどうかと言えば、「信心の行者には」、信心をしている人「本願念仏」を信じて念仏をしている人、「信心の行者には天神、地祇も敬伏し」、天の神、地の神も敬い、「魔界外道も障礙することなし」、魔界とか非仏教的な様々な迷信の世界も妨げになることはないと。本願を信じて名号を称える暮らしが始まると我々の心の中には、その「無碍の一道」と「歎異抄」が言っているようなそういう世界が広がってくると。
 ただし、「無碍の一道」といっても中々よく分からんですよ。というのは、「無碍の一道」という言葉はこれは阿弥陀から見た言葉なんでしょう。阿弥陀仏阿弥陀目線で見るとこの何の障りもない
 ですから、人間から言うと自分はもう差し障りだらけの暮らしの中にいるんだけど、阿弥陀の名号を口にするとですね、いささか自分と自分の暮らしを、まあいわば客観視するというか今までよりは客観視することができて、そこにある種のゆとりがまあ生じてくるというふうなことがまあ起こるんだと。
 そうなるとですね、災いとか不幸とかが生じてもですね、じたばたしなくなる。ましてやですね、その、神社、仏閣に詣でて凶を吉に変えて下さいとか福を禍に変えてくださいというふうな祈願をすると、そういうことをしなくても済む、ゆとりというのが生まれてくるのではないかと。

 

池:先生、これあの、「無碍の一道」と聞くとですね、非常にあの、何事にも妨げられないうちという言葉を聞くとですね、非常にそういうものが手に入るのかというような気持ちにもなりましたが、先生先程おっしゃったように、それはあくまでその阿弥陀目線から見た時のその「無碍の一道」である、そういう理解でしょうか?

 

阿:ですから有礙だらけの、つまり、差し障りだらけの我々からすれば、私の中では名号が働くと、そういう有礙だらけだという私が前よりは少し見えるようになってくると。

 

池:差し障り自体は消えない

 

阿:それは絶対消えないです。
 だから、もう一つ、その我々が宗教について思い込んでいる間違いの1つは、宗教を信ずると、あるいは宗教を実践するとあらゆる差し障りが姿を消すんじゃないかと。あるいは、そういう苦しみの原因が全部無くなるのではないかというふうな、まあ私から言えば錯覚を持ちがちだと思いますね。
 しかし、仏教、この「歎異抄」が教えている「無碍の一道」というのは、そういう差し障りが消えるということではないんですね。それをあの第七条の後半の言葉で言うとですね、
『罪悪の業報を感ずることあたはず』という言葉ですね。それぞれがそれぞれの縁に従って身につけてきた罪悪は、必ず私のこの体の中、私の人生で姿を見せる。しかし、それに感ずる、つまり左右される激しく引きずられると、そういうことはないんだと。苦しくて嫌だけどもうこれは、そういうものだとして受け止めることはできると。それがある種の余裕というものでしょうね。
 それでね、私はいつもその話を聞くと思い起こすのは、「二河白道のたとえ」という話なんですね。これはあの、中国で善導の話などが中心に生まれた図柄ですけれども、そのどういう図柄かというと、ある人が旅をしていると、西に向かって旅をしているんだけど、そうすると後ろの方から盗賊とか猛獣が襲ってくるんですね。で、それから懸命に逃げて逃げようとしていると、突然目の前に川が現れてくる。よく見ると川幅は100歩くらいでそんなに広い川じゃないんだけど、その右側はもうこの水がこの怒涛のように渦巻いていると。それで左側の川はですね、火が渦巻いているというんですね。その水と川の間に細い白い道が一本通じていて、その白い道を渡ると向こう岸に着いてですね、後ろから追われている災難から逃れることができると。

 

ナ:中国で浄土仏教を確立した僧侶の一人、善導が説いた「二河白道のたとえ」、降りかかる災いや不条理を前に阿弥陀仏が私達人間に対してどのように救いの手を差し伸べようとするか説いた話です。


『川の前にいる旅人に背後から声が聞こえます、「この白い道を行きなさい、とどまれば死ぬだけだ」。向こう岸からも声が聞こえます、「水の河か火の河に落ちることを恐れる必要はない、私が守ってあげるから早く渡ってきなさい」。前方の声と後方の声に励まされて旅人は河を渡り始めます。すると今度は盗賊達が声をかけてきます、「危険なところを歩かずすぐに戻ってこい、俺達はお前に危害を加えるつもりはない」、しかし旅人は盗賊達の声に耳を傾けず、不思議な声を信じて道を渡りきりました。これが「二河白道のたとえ」です』

 

阿:この旅人が西に向かって歩むというのはまあ求道、仏教的な求道ですね。もうちょっと言うと浄土に生まれることを願うという、そういう願いに生きる人を表しているんですね。で、後ろからこの盗賊とかその野獣が追っかけてくるというのは、自分の、自分の体でありながら、自分の中の様々な要素が私の意志に反して、つまり熱なんか出してほしくないのに熱を出すとか、何かあの、そんなにあの飢えなくてもいいのに猛烈飢えを主張してくるとか、自分の体のことのシンボルとしてその盗賊とか野獣というのを考えているんですね。
 そして、川でこちらと向こうに区切られているということは、こちらの世界は今の我々の世界であり、その川の向こう側の世界はこれは、浄土の世界だということを意味している。怒涛のように渦巻いている水は何かというと、これはその貪りの心を象徴しているというんですね。それに対してあの左側の火は人間の瞋りというものであると。
 つまり、我々の暮らしというのは貪りと瞋りのせめぎ合いのような中でかろうじて人が渡れるだけの白い道があると。この白い道は浄土を願う人間の心だと、求道心というものだと、こういう説明をされますけれども。
 私はこの説明で面白いのは、その川を渡ろうとした時に旅人はですね、その火の方、水の方いずれにしても、何度落ちても何度落ちてもその向こうの岸のこれは阿弥陀仏ですけど、阿弥陀は必ずお前を自分の浄土に連れてこいと約束しているんですね。普通の宗教はですね、この道から落ちるなと、つまり、火に落ちるな水に落ちるなとこの白い道をただひたすらやってこいというふうにまあ教えがちなんですよね。
 ところが浄土仏教はですね、火に落ちても水に落ちても何度落ちようが私がちゃんとまた引き上げて連れてくるから安心して渡ってこいと、こう言っている。それは私達人間からすればどういうことかというと、自分は特別の何か宗教的な修行をしたりですね、道徳的なこの禅を積み行うとかというそういう努力をしなくてもいいということですよ。私が瞋りに任せて、あるいは貪りに任せて、でも、その念仏という行為だけをすれば必ず浄土に生まれることはできると。こういうその、自分のありのままの姿のままで自分が救われていく道があるということを今示唆してることがこの二河白道の面白いところだと思うんですね。

 

池:そうしますと、不条理の中で生きている中でほんとにその瞋りに方に行ってしまったりとか、あるいはまた、それがまた次の不幸を生んでということに人間なりがちだと思いますけれども、そのことはそのまま進んでいってもよいのだという。

 

阿:そうです、そうだと思います。そうしないでおこうと思っても、そうなるんですよね我々は。瞋りやその恨みやその何ていうかそういう道に入らない、入る入ろう、入っちゃいけないんだといくら言い聞かせてもそうなっちゃうわけですよね。ですから、そのままでいいんと言うんです。それはそれでそのままでいいと。ただ称名というふうな道を忘れなければよろしいと。
 で、実は流されていってもいいんです。流されていってもね、また全部救い上げてくれるんだと思いますね。だから法然がただ念仏せよとしか言わなかったと、一切条件をつけずにただ念仏せよと。つまり、火に落ちようが水に落ちようがね、念仏さえすればよろしいというのはそういうことだと思いますね。

 

ナ:阿満さんは、抗いようのない現実を体験し「歎異抄」によって救われたある人物に注目しています。阿満さんとも交流があった作家、丹羽文雄。人間の内面を男女の愛憎や家族の葛藤を通して赤裸々に描き続けました。その根底にあったのは生まれ育った家庭に起きた不条理でした。
 まだ幼かった頃、母親が自分を置き去りにして家出、丹羽はその後もすさんだ生活を送った母に対する複雑な感情を抱き続けました。しかし、彼は晩年「歎異抄」に「煩悩の深い悪人こそご救われる」と説かれていることに改めて気付き、母の歩んだ人生を捉え直すことができたと語っています。

 

『改めて親鸞の「歎異抄」を読んで、「歎異抄」の中の悪人正機っていう章にぶつかった時、自分の母親は本当の悪人正機で、親鸞の言う通り悪人正機の典型的な生き方をした人間だった。その悪人は法律的な意味の悪人ではなく、煩悩に負けやすい人間という意味です、過ちを犯しやすい人間、つまり私の母親です。
 そういう母親を仏は救う最初の開いてにしているんだということを「歎異抄」から感じ取ることができて、「俺の母親は誰よりも救われてるんだ、最初に救われている」と思いましたら私は母親を非難していたことが間違っていると、母親はとうに救われているんだと、母親の最後の念仏の様子なんか見ると母親は仏にすがりついてるんだと実感として分かるようになった』

 

阿:丹羽文雄三重県のお寺に生まれた人ですけれども、彼は4歳の時にお母さんが家出してしまうんですね。その理由は、その父がこの義理の祖母と関係してしまったと、それを知って母は家を、つまり寺を出ていったと。
 家を出た母はですね、その後大変な役者狂いの日々を送るし、最後はこの人の世話になる、いわゆる妾暮らしで終わるというふうなことになって。晩年に丹羽さんはこの母を引き取って世話をしようとするんですけれども、母親はですね、彼が引き取った家の近くに田んぼがあったんですけれども、その田んぼにですね案山子があったんですが、その案山子は死んだカラスをぶら下げて作った案山子なんですね。その鳥よけのために田んぼの真ん中に立てられたその案山子に母親は毎朝ですね、このお供え物を持って出かけていってその案山子に手を合わせて念仏をすると。その念仏の声が風に乗ってその丹羽文雄の耳に聞こえてきてですね、丹羽文雄はもうどうしていいか分かんなくなってしまう、というようなことがあったそうであります。
 しかし晩年にたまたま、しょっちゅう昔から親しんでいた「歎異抄」はですね、土蔵の中に入って目に入ってぱっと開けたらですね、こういう不条理に苦しむ人間のために「歎異抄」というのは書かれているんだというふうに自分で理解してですね、気持ちがやっと安らかになったと。
 実際に彼の書いたもの、この「佛(ほとけ)にひかれて」とかいうところにもよく書いておられますけど、母は救われていたんだと、「この悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」、母こそが親鸞の言う往生の正因の資格を十分に備えていた人間であった。そうすると自分が救われているというか安堵するようになったと。

 

ナ:丹羽文雄が「歎異抄」と出会うことで不条理と向き合う道が開かれたように、阿満さん自身もまた、自らの人生に起こる不条理をどう受け止めるか、「歎異抄」の中に探ってきました。

 

阿:私はその「不条理」の中でも、最も不条理は私が死ぬということです。自分がある日突然死ぬということは何ともはや、なんと理解していいのか、これはあの、最大の不条理だと言っていいと思いますね。「死」というものをどうしたら乗り越えていけるのか、自分は死ねばその、どこへ行くんだろうかと。そういうふうなことについてですね、中々決着がつかない。「死」というものがあたかも壁のようになってですね、ここから先中々進めないと、そういう感情をずっと持っていたんですね。
 しかし、私が念仏を続けて、その念仏の中で死んでいくとですね、私は阿弥陀仏の国に生まれて仏になるんだと。念仏の度に私は浄土にどんどんどんどん近づいている。で、そのそういうふうにして念仏を受け止めてみると、私自身がですね、私の「死」について今まで思っていたこの考え方が大きく変わってきたことに気が付きました。
 それがどういうことかというと、自分の死というのは何か浄土に至るその道筋の1つの通過点にしかすぎないと。この「死」というのは点になってしまってですね、その一点を過ぎれば次はもうその阿弥陀の浄土である。そしてその先には一切衆生を度するという、そういう慈悲の活動の世界があるんだと。
 だから、そのつながりの中の1つの出来事だというふうに自分の「死」をですね、この感ずるようになってきてもう壁ではなくなりましたね。それは念仏ができない間は「死」は恐怖でもあるわけですけど、だからひたすら死にたくないという思いなんだけど、そういう壁が点になったためにですね、「死」というものに対するかつてのような恐怖心はもう無くなったと言ってもいいと思いますね。こういうことは神秘的なことではなくてですね、念仏の暮らしというものを持続している人は皆どこかで感じておられると。
 あるその少し古い時代のお百姓さんはですね、ずっと若い時からこの「本願念仏」の教えを聞いてきた人で、念仏を生きてきた人ですけれども。彼はですね、死ぬ時はさぞかし立派に死んでいくんだろうなというふうに思って、いろいろな人がですね、「どうすれば安心して死んでいけるのか」なんか聞くようになったというんですね。ところがその人はですね、「持ち前どおり死んでいくがよろしい」と、「持ち前どおり死ぬしかないし、持ち前どおり死んでいけばそれで十分だ」というふうに教えたというんですね。つまり、ありのままに死んでいけばいいんだと。ありのままで死んでいけば、ふだんのままで死んでいけば、もう死ねばそこは阿弥陀の浄土である、だからもう何の不安もないと。
 そういう仏になる道を歩む中ではですね、「死」という不条理は、私は力を失うと思いますね。依然として不条理ですよ、「死」は不条理だけど私の中では力を、今までのような力を振るうということはないですね。どういう過去の行為が死ぬ間際に姿を表してですね、もうふた目と見られない無残な姿を人前にさらして死んでいくかそれは分かりませんね。それでもいいんですよ、それでもかまわない。それでもかまわないというのが大きな安心ですよ、これは。

 

鎌:一般的に仏教を深く学んだことのない無宗教の立場から申し上げますと、その浄土に行くというのが死ぬことにイコールだというふうに考えると僕達なんかは傾向としてあると思うんですが、浄土というのは死ぬことではないというふうに考えてよろしいんでしょうか。

 

阿:具体的には死なないといけないんです。しかし、「死」で終わりじゃなくて、死ぬことで「浄らかな土」と書いてありますね「浄土」と。何が清らかかというと、人間の煩悩は全部浄められるというそういう意味合いですね。
 ですから、浄土というのはこの世では色々差し障りのある仏道修行が一切の差し障りなく自由にこの修行ができて、仏になることができる場所、それが浄土ですね。ですから、死ぬためにいく、死んでいくところじゃなく、確かに死んでいくところなんだけど、死んで終わりじゃなくて、そこで仏になるという大仕事が待っているわけですね、それを可能にすると、そういうイメージが「死」というものを壁から解放する1つの役割をするんだと思いますね。

 

池:この「本願念仏」の中でですね、浄土に救われる場があるということは、やもするとその現実に起きているですね不義とか不正あるいは不公正をこう放置してもいいんではないか、そこには目をつぶって、その浄土に行った後に解決すればいいという、やもするとそういった考えに陥る危険性もあると思うんですが、そのあたりはいかがでしょう。

 

阿:それはそのとおりで、また、そういう意味でその、宗教がイデオロギー的にね、政治によって使われると、諦めの諦めの論理をその強制していくというかそういう歴史もあるし、現に宗教が社会の中で果たしている役割はそういう一面がやっぱり強いですよ。
 ですから、宗教というのは文字通り、昔の人の言葉で言えばアヘンなんですよね。それは現実をごまかすための、今さえ何か納得して生きていければ社会全体がどうなろうとかまわないというようなことに陥りがち。まあいわば、1つの秩序を守ろうとする人にとって、それが有用なアヘンの役割を果たすということで使われてきた。そういうことを知っている人は絶対に宗教には近づかない。無宗教であると、誇りをもって無宗教を選ぶと、こういう人もいるわけですね。私は当然だと思うそれは。
 しかし、持続する精神がないと社会変革というのは成り立ちませんよ。思いつきだけじゃどうしようもない、ある一代だけじゃどうしようもない。そこに持続というものをこの引き出すその場として、宗教というものの価値をちゃんと正当に認めるということは必要だと思いますね。

 

ナ:「歎異抄」の第一条、そこには念仏を称えることがなぜ現実の生活を生きてゆく上での救いとなりうるかこう記されています。

 

阿弥陀仏の誓いによって浄土に生まれることができると信じて、阿弥陀仏の指示どおりにその名を称えようと思い立つその決断の時、阿弥陀仏はただちに感応してその人を迎えとってくださり、すべての人々を仏とする働きに参加させておいでなのです』

 

 阿満さんは、この第一条に出てくる「あづけしめたまふ」という言葉に不条理な現実に左右されないための「鍵」があると考えてきました。

 

阿:この「摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり」という「あづけしめたまふ」の「あづく」という言葉ですね、この「あづく」という言葉は今までは「被る」と、ですから、摂取不捨の利益を被ると、そいういう受け身的なこの解釈が多かったんですけど、私はある学者の説にしたがって、「あづく」という言葉は参加させるという他動詞である、それに「しめたまふ」という最高の尊敬語がくっついて、その摂取不捨の利益に念仏者を参加おさせになるとこういう意味合いなんだと、私はこの解釈がとても気に入っているんですね。
 全ての人を摂取不捨の利益に参加させるという阿弥陀仏の事業、そういう事業に参加するということの中身をですねよくよく検討してみると、一切衆生を度すると、つまり、生き物の網の総体を救うということを仕事にすることができると、自分の回りで暮らしている人が苦しい生活をしていたり、瞋り、わめき、この嘆いていたら果たして幸せでいることができるのか、それはあの全部が救われた時に初めて自分の救済が成立すると。
 「無量寿経」の経典の中にですね、「あまねくもろもろの貧苦を救う」というそういう仕事に従事できるようになるんだと書いてある箇所があるんですね。この貧苦は文字どおり精神的、経済的、社会的、私は貧苦を意味していると思うんですね。そういう私が申し上げる根拠は、釈尊は、歴史的人物としての釈尊ですね、釈尊はゴーダマ・シッダールタはおなかのすいた人には説教しなかったと言われています。おなかのすいた人間は食べたくて食べたくて、そればっかりが関心がいくからどんなにいい話を聞いてもそれは分からないんですよね、心にとどまらない。だから、まずはおなかがくちくなってから話をということになるんでしょう。
 ですから、全ての人々にその仏教の教え、慈悲の実践という教えを説くためには人々が飢えていたら駄目なんですよ。人々がその経済的にその飢えから解放されるという状態をまず作るということが大きな仕事になるんだと思いますね。

 

鎌:あの、社会とか経済が政治的にもですね、これだけ「五濁」が、非常にこう不条理が起こってる時に、では、私達一人一人が救われるためにためにどうしたらいいのかっていう、その現実問題として考えていった時に先生はどのようにお感じになられますでしょうか。


阿:いわゆる社会科学の視点で、人間社会の変革ということを考えていくとそれも立派な道ですよ。また、それは大きな成果を生むんだろうと思いますね。しかし、これだけの悲惨、そのウクライナの問題すら解決できない。そして、これだけコロナで人々が苦しむと。我々のその、いわゆるヒューマニズムの成果として、どれだけのこの力が人々に伝わっていったか、伝わりつつあるか、大変絶望的ですね。
 特に、社会経済が生み出す不条理ってあるわけですね。その世界の富を20何人か30人足らずの富豪がその半分を手にしてるとかね。日本の社会で7人の子供の内1人がその飢えに苦しんでいるとかね。こういう話はもうまあいたたまれんですね。
 それでそういう社会を変えるためにどういう努力をしたらいいのか、もうこれはね、それは100年、200年、300年、500年、だって人間変わって代が変わるでしょう。また1から同じ過ちを繰り返すんですよ。だから先程の「無量寿」というね、そういう発想が生まれてくる根拠は、すいうところにあるんだと思いますね。
 だから、私は社会科学的な変革のその可能性については期待していますよ。それは期待するだけではなく自分もそういう努力をしていかなくちゃいけないと思う。しかし、それが実現するのは宗教的な信念のこの支えがないとその持続はできないと。それは私一代ではなくて次の世代にもそれは持続してもらわないと困る。そうでないと人間の業の、悪業の深さだけが持続されてね、それを克服するための知恵が寸断されるようではね、それはもう解決は先へ先へ伸びるだけですよ。
 つまり、「本願念仏」というか宗教が理想としているというか、宗教の教えが一番大事なのは、世代を超えてそれが持続されるということですね。ですから、浄土教というものが浄土というものを立てて次の代へその救済への願望を持続させていくというね、そういうこと

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